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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1368号 判決

原告 三友運輸株式会社

被告 第一産業株式会社

主文

被告株式会社は、原告株式会社に対し、一、五八五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年三月七日から支払ずみに至るまで年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告株式会社の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告株式会社訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告株式会社は、昭和三一年一一月二八日、被告株式会社の媒介により、訴外富士特殊化成株式会社(以下、富士特殊化成という)と融通手形の交換をすることとし、富士特殊化成にあて、別紙約束手形目録(一)記載の約束手形五通(金額合計一六〇万円)を振出交付し、富士特殊化成から別紙約束手形目録(二)記載の約束手形五通(金額合計一六〇万円)の振出交付を受けた。

富士特殊化成は、被告株式会社の媒介により

(一)、目録(一)の(1) 及び(2) 記載の約束手形二通を、白地となつていた受取人を、富士特殊化成と補充した上、訴外大和商事株式会社(以下、大和商事という)に裏書譲渡し、

(二)、目録(一)(3) ないし(5) 記載の約束手形三通を、白地となつていた受取人を訴外株式会社荻野工業所(以下、荻野工業所という)と補充した上、同株式会社に譲渡した。

原告株式会社は、大和商事から、目録(一)(1) 及び(2) 記載の約束手形二通を、その満期支払場所に於て、支払呈示をうけたので、大和商事に対し、手形金合計四〇万円を支払い、荻野工業所から、(3) ないし(5) 記載の約束手形三通を、その満期支払場所に於て、支払呈示をうけたので、荻野工業所に対し、手形金合計一二〇万円を支払つた。

二、原告株式会社は目録(二)(1) ないし(4) 記載の約束手形四通を自ら、(5) の約束手形を、受取人と記載された荻野工業所を通じていずれもその満期支払場所に於て、富士特殊化成に対し、支払の為呈示したところ、同株式会社は、支払場所である株式会社大和銀行新宿支店からその以前に取引を解約されていたので、その支払を拒絶した。荻野工業所は右(5) の約束手形を、原告株式会社に返還した。

そこで、原告株式会社は、昭和三二年二月一四日、富士特殊化成に対し、目録(二)(1) 記載の約束手形金請求の訴を提起し、同株式会社の有体動産仮差押命令の申請を為し、翌一五日、その決定を得て、同年同月一八日、その執行をした。

三、被告株式会社は、これよりさき、同年一月二四日、富士特殊化成との間に同株式会社の被告株式会社に対する二二〇万円の東京法務局所属公証人宮脇信介作成、昭和三二年第五〇〇号、債務承認並びに弁済契約公正証書を作成し、同年二月一四日、右公正証書の執行力ある正本に基き、右債権の内六〇万円(右二二〇万円から、原告株式会社が支払い、かつ支払うべかりし目録(一)の約束手形金合計一六〇万円を差引いた残額)の強制執行として、富士特殊化成の別紙差押物件目録記載の有体動産(執行吏見積価格合計三〇九、五〇〇円)に差押手続をしていたので、原告株式会社は、同年同月一八日、前記仮差押決定の執行として、右差押物件に照査手続をする外なかつた。

しかるに、訴外吉田信男は、同年同月一九日、前記差押物件のうち別紙差押物件目録記載(6) ないし(10)の物件(執行吏見積価格合計二九一、〇〇〇円)は、同人の所有であるとして、第三者執行異議の訴を提起し、かつ、強制執行停止決定を得て、右各物件に対する執行手続を停止した。

富士特殊化成は、他にみるべき資産がなく、原告株式会社が前記有体動産に対する強制執行により、弁済をうけることが可能な金額は、右有体動産全部の見積価格から、吉田信男が所有権を主張する物件の見積価格を差引いた残額一九、五〇〇円を、原告株式会社の前記約束手形金債権額一六〇万円と、被告株式会社の右債権六〇万円との按分比例により、算出した一四、一八三円に過ぎず、一五、〇〇〇円を越えることはない。

四、そこで、原告株式会社は、富士特殊化成との融通手形交換により、大和商事及び荻野工業所に支払つた目録(一)の約束手形金合計一六〇万円から、富士特殊化成に対する有体動産の強制執行により、弁済をうけ得べき一五、〇〇〇円を差引いた一、五八五、〇〇〇円の損害を蒙つた訳である。

五、右の損害は、被告株式会社が、富士特殊化成振出の目録(二)記載約束手形五通が、不渡となるべきことを知りながら、原告株式会社との融通手形の交換の媒介を為し、原告株式会社に目録(一)約束手形五通を振出、交付させた故意による不法行為に基くものである。すなわち、被告株式会社は、昭和三一年九月頃まで、富士特殊化成に対し、同株式会社の親会社ともいうべき訴外富士特殊製紙株式会社(以下、富士特殊製紙という)が、富士特殊化成にあてて振出した、約束手形を割引くという方法で融資していたが、その代表者江本克己から富士特殊製紙の経営が破綻したことを打明けられ、富士特殊化成振出の短期の約束手形を割引くことにより昭和三十一年一一月頃迄に、同株式会社に対し二二〇万円の貸付金債権を有していたが、その回収ができなくなつた。そこで、被告株式会社は、右貸付金を回収する目的を以て、

(一)、原告株式会社と富士特殊化成との間に、手形金額合計一六〇万円の本件融通手形交換の媒介をし、

(二)、富士特殊化成が受領した目録(一)記載の約束手形を、自己に対する一六〇万円の債務の支払に代えて、白地裏書により譲受け、

(三)、目録(一)の(3) ないし(5) の約束手形を荻野工業所に、手形交換の方法により譲渡し、右交換により同株式会社から受領した約束手形金を自ら受領し、

(四)、目録(一)の(1) (2) の約束手形を、自己の大和商事に対する一五〇万円の債務の支払に代えて、譲渡することにより、自己の債務を免れ、

富士特殊化成に対する一六〇万円の前記債権を回収したと同様の経済的利益を得たものである。

六、かりに、被告株式会社に故意がないとしても、過失の責任は免れない。すなわち、被告株式会社は、手形の割引又はその媒介並びに右に附帯する事業を営むことを目的とする会社であるから、本件融通手形交換の媒介にあたつては、富士特殊化成の信用状態を調査し、原告株式会社をして、相手方振出の手形不渡による損害を蒙らせるような虞れがないかをたしかめた上、媒介をすべき義務がある。しかも被告株式会社は、富士特殊化成に対し、債権を有していたので、同株式会社の信用状態を調査することは、容易にできたのであり、その調査をすれば、その振出にかゝる目録(二)の約束手形が、不渡となる虞れがあることは、直ちに判明した筈である。しかるに、被告株式会社がその調査をしないで、原告株式会社をして、前記融通手形の交換を為さしめたのは、被告株式会社の重大な過失といわなければならない。

以上、いずれにせよ、原告株式会社は、被告株式会社の故意又は重大な過失により、損害を蒙つたから被告株式会社に対し、前記損害金一、五八五、〇〇〇円、及びこれに対する、本件訴状副本が被告株式会社に送達された日の翌日である昭和三二年三月七日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告株式会社の過失相殺抗弁につき、その主張事実は否認すると述べ、

証拠として、甲第一、二号証の各一ないし五、同第三号証の一ないし一七、同第四号証の一ないし四を提出し、証人江本克己、同荻野健一、同中村慶三の各証言及び原告株式会社代表社本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

被告株式会社訴訟代理人は、「原告株式会社の請求を棄却する。訴訟費用は、原告株式会社の負担とする。」との判決を求め、原告株式会社主張の

一の事実は、これを認める。

二の事実は、知らない。

三の事実は、これを認める。

四の事実は、これを否認する。

五の事実中、被告株式会社が昭和三一年一一月頃、富士特殊化成に対し、二二〇万円の貸付金債権を有し、同株式会社から、目録(一)記載の約束手形五通の譲渡をうけたこと(但しそれは、右債務の支払の為されたもので、支払に代えて為されたものでない)を認める外全部これを否認する。被告株式会社に何等故意がなかつたことは、次の事実により明である。即ち富士特殊化成は、目録(一)の約束手形五通を割引こうとしたが、自己の取引先の株式会社三菱銀行新宿支店では、割引の枠が一杯であり、他の金融業者からも、右約束手形の支払場所が、いずれも同栄信用金庫東京港支店であつたため、割引くことができなかつた。たまたま被告株式会社は、昭和三一年一二月初旬、荻野工業所から、手形交換の依頼を受けたので、当時、富士特殊化成が所持していた目録(一)の(3) ないし(5) の約束手形(金額合計一二〇万円)三通と、荻野工業所振出の、手形金額合計一二〇万円の約束手形四通との交換を斡旋した(荻野工業所振出の約束手形四通は、被告株式会社が、富士特殊化成から割引の媒介を依頼されていたが、荻野工業所が帝国興信所発行の帝国銀行会社要録に登載されていなかつたため、金融機関で割引くことができず、富士特殊化成がそのまゝ所持していたものである)。

被告株式会社は、これよりさき昭和三一年六月三〇日、大和商事から一五〇万円を、弁済期一年後、利息年一割五分の定めで、借受けていたが、同年一二月中、返済を迫られたので、富士特殊化成から受取つた目録(一)(1) (2) 記載の約束手形(金額合計四〇万円)と、荻野工業所から受取つた約束手形四通(手形金額合計一二〇万円)とを右借受金の支払のために大和商事に譲渡した。

被告株式会社が富士特殊化成に対する貸付金二二〇万円から、本件約束手形金一六〇万円を差引いた残額六〇万円につき、有体動産に対する強制執行をしたのは、一六〇万円については、富士特殊化成から、原告株式会社振出の目録(一)記載の約束手形五通が差入れてあつたからで、この事実から、被告株式会社に、原告株式会社の権利を侵害する故意を推測することはできない。なお、被告株式会社は、富士特殊化成に対し、本件約束手形の交換後である昭和三一年一二月初旬に八三、〇〇〇円、同年同月中旬に六〇万円、同年同月二八日に七六万円を貸付けている。

六の事実中、被告株式会社が、手形の割引又はその媒介並びに右に附帯する事業を営むことを目的とする会社であることを認め、その他の事実は、全部これを否認する。

被告株式会社は、融通手形交換の媒介を業とするものではない。かりに、それが被告株式会社の業務に属するとしても、被告株式会社は、富士特殊化成の事業内容、取引先、従来の被告株式会社との取引関係から見て、同株式会社が目録(二)記載の約束手形金の支払能力を有すると信じて交換の媒介を為したので、媒介業者としての注意義務を怠つたことはないから、被告株式会社には何等の過失もない。すなわち、

(一)、富士特殊化成の取引先は、富士精密工業株式会社、日立精機株式会社、ヂーゼル機器株式会社、日本特殊鋼株式会社、昭和飛行機株式会社、自動車機器株式会社、株式会社津上製作所等であつて、これ等に対する売掛金が回収不能に陥ることは全くないし、昭和三二年一月には、富士精密工業株式会社、株式会社津上製作所から電気炉改築の大注文を受ける筈であつた。被告株式会社からは、三年前から、五〇〇万円ないし六〇〇万円の融資を受けていたが、その間一回たりとも、支払不能や遅延を生じたことがなく、代表者江本克己は、性質温厚、真面目で、仕事熱心であつたのでその経営に蹉跌を来すことは、到底予測し得なかつた。

(二)、その事実内容は、自動車部品、精密機械部品等の焼入れに使用する焼入油、及び薬液を浸透させた固形炭の製造、販売並びに電気炉の構築等であるが、焼入油の製造は、既製の油数種を人間の勘で調合する「名人芸」を要するもので、その製品は、非常に高価に売れ、薬液浸透炭も、同社の独占的商品であり、その他電気炉の構築にしても、非常に有利な事業であつた。

それにも拘らず、富士特殊化成が目録(二)記載の約束手形の支払ができなかつたのは、その支払に富士精密工業株式会社からの前渡金を予定していたところ、その注文がおくれたためであり、被告株式会社としては、かような事は、予測できない事情であつて、過失があるということはできない。

抗弁として、原告株式会社は、年末資金の手当をするために、被告株式会社に、手形の交換を依頼したのである。かように年末の金融を手形の交換によつて得ようとする原告株式会社自体、決して内容が健全であるとはいえない。また、富士特殊化成にしても、その内容が原告株式会社と五十歩百歩であることは、原告株式会社として充分予想された筈である。しかも、年末から年始にかけては、資金需要の旺盛な時期であつて、経済変動の激しい時であるから、内容の健全でない会社は、種々の事故が起るかも知れないことは当然予測できたことであり、それにも拘らず、原告株式会社は本件約束手形を交換したものであるから、その責任の一半は原告株式会社自身も負うべきであつて、賠償額の算定に当つて、その過失が充分斟酌せられなければならないと述べ、

証拠として、乙第一号証を提出し、証人江本克己、同佐々木辰雄、同荻野健一の各証言、被告株式会社代表者本人尋問の結果を援用し、甲号各証はいずれも成立を認めると述べた。

理由

原告株式会社主張の一の事実は、被告株式会社の自白したところである。

二の事実は、その成立に争のない甲第一号証の一ないし五の各記載、証人中村慶三の証言原告株式会社代表者本人尋問の結果によつて、これを認めることができる。三の事実は、被告株式会社の自白したところである。富士特殊化成が原告株式会社に対し、目録(二)の約束手形金一六〇万円を近い将来に於て支払い得る見込のあることについては、被告株式会社の立証すらしないところである。

してみれば、原告株式会社は、被告株式会社の媒介により、富士特殊化成と目録(一)及び(二)の各約束手形五通を交換することにより、自己はその義務を履行し、富士特殊化成はその義務を履行しなかつたことにより、手形金額合計一六〇万円の損害を蒙つたということができる。原告株式会社は、富士特殊化成の有体動産に対する強制執行により、将来一五、〇〇〇円の配当を受け得るであろうと自陳するのでその金額を差引いた一、五八五、〇〇〇円は、少くとも原告株式会社の蒙つた損害ということができる。

そこで被告株式会社に、原告株式会社の右財産権の侵害に対する故意過失が有つたか否かにつき判断する。

先ず、原告株式会社が富士特殊化成の約束手形を交換するに至つた経緯について見るに、証人中村慶三の証言及び原告株式会社代表者本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。即ち原告株式会社は昭和三〇年七月頃に、融通手形の交換の仲介を営んでいた被告株式会社に約二〇万円の融通手形の交換を頼んだことがあつた。原告株式会社の会計事務員中村慶三が、昭和三一年一一月下旬、被告株式会社代表者手柴政生に対し、一五万円の約束手形の交換を申込んだところ、同人は「一六〇万円位交換してやろう」と言つたがその振出人の名は明にしなかつた。中村慶三は原告株式会社代表者桜井武男に相談すると言つて、即答を避けた。翌日手柴政生は中村慶三に対し、「自分の方も、先方の会社に、融通手形交換の話をした以上、面子もあるから交換するなら今の内だ。相手の会社は、富士精密の下請工場をやつていて、自分の会社とも取引が深い会社だ。」と言うので、同人は桜井武男と相談の上、本件約束手形各五通を交換することにし、手柴政生に目録(一)の約束手形五通を交付し同人から目録(二)の約束手形五通を受取つた。当時桜井武男は、中村慶三から交換の相手方は、特殊製鋼株式会社と聞いていたが、受取つた約束手形により、振出人が富士特殊化成であることを知つた。原告株式会社としては、差当りこれを他から割引く必要がなかつたので、暫く金庫の中に保管していた。中村慶三は同年一二月一〇日頃、富士特殊化成の取引銀行(約束手形の支払場所)である大和銀行新宿支店に、その信用状態を問合わせると、「二五万円の約束手形の支払能力は、間違ないとは言えない」という答えを得た。そこで同人は手柴政生に対し、富士特殊化成の資力について、右の話をすると、手柴政生は「富士特殊化成は預金の主力を、三菱銀行新宿支店に移しつつあるから、大和銀行としては、そういう返事をしたのであろう」と答えた。同年一二月一五日頃、原告株式会社では、目録(一)の(1) ないし(3) の約束手形の満期が、これと対応する目録(二)の約束手形の(1) ないし(3) の約束手形の満期より、いずれも数日先に到来することを発見したので、手柴政生に対し、富士特殊化成にその満期を、(一)の約束手形の満期以前に到来するよう、目録(二)の約束手形の書替方を申込んだところ、同人は「富士特殊化成に相談しておこう」と答えた。中村慶三は昭和三二年一月一二日目録(二)の約束手形を持つて、手柴政生に会い、「これを返すから目録(一)の約束手形金一六〇万円を持参するよう、富士特殊化成に伝えて呉れ」と頼んだが、手柴政生は、「これは飽く迄銀行決済で行こう」と言つて、同人の要求を斥けた。桜井武男は同年同月一九日頃、手柴政生に目録(二)の約束手形五通を返還しようとすると、同人は「富士特殊化成に話したから、間違なく落すといつた」と言つて、その受領を拒み、「これについては、自分も男であるから、若し、富士特殊化成振出の約束手形が不渡になつたら、自分が責任をとる」と言つたので、桜井武男は同人を信用して、(二)の約束手形を持帰つたことが認められる。

原告株式会社振出の目録(一)の約束手形の受取人については、証人萩野健一同佐々木辰雄の各証言によれば、荻野工業所は昭和三一年一一月頃、被告株式会社の媒介により、原告株式会社と融通手形の交換する意思で、手形金額合計一二〇万円の約束手形三通を、手柴政生に交付し、同人から原告株式会社振出の目録(一)の(3) ないし(5) の約束手形三通(手形金額合計一二〇万円)を受取つたが、手柴政生に交付された荻野工業所振出の右約束手形三通は、原告株式会社に交付されず、後記のように、大和商事がその所持人となり、荻野工業所に呈示したので、荻野工業所は、その手形金全額を、満期に支払つた。従つて荻野工業所は昭和三二年二月九日原告株式会社から目録(一)の(3) の約束手形の支払を拒絶することにつき、事前の諒解を求められたときに、これを拒絶した。大和商事の代表取締役佐々木辰雄は、手柴政生とは軍隊時代からの知合であり、被告株式会社に対し一五〇万円の貸金があつたので、その一部の支払の為、被告株式会社から、原告株式会社振出の目録(一)の(1) (2) の約束手形二通(手形金額合計四〇万円)の裏書譲渡をうけたことが認められる。

富士特殊化成と被告株式会社との関係については、成立に争のない甲第三号証の五の記載、証人中村慶三同江本克己の各証言被告株式会社代表者本人尋問の結果によれば、富士特殊化成は資本金五〇万円の株式会社で、昭和三〇年一月頃から、被告株式会社から手形割引により金融をうけて居たが、同年一〇月か一二月頃に、手形不渡を出し、約八〇〇万円の債務超過となつていた。同年一〇月頃迄に、被告株式会社に対し、総額一六〇万円の借受金債務を負担していた(昭和三二年一月二四日作成された、前記公正証書の債権額が、二二〇万円となつているのは、右一六〇万円、及びこれに対する、昭和三一年一一月から昭和三二年二月迄、の利息六〇万円を合算したものである)。被告株式会社から昭和三一年一〇月末か一一月始めに前記借受金の決済をつける為、約束手形を差入れよという要求があつたので、目録(二)の約束手形五通に、振出人の署名捺印と、支払場所の記載を為し、その他を白地とした侭これを手柴政生に交付し、同人が、目録(二)の(1) ないし(5) その余の手形要件を補充したものであつて、富士特殊化成としては、原告株式会社と相互に、約束手形を交換して、金融を得る意思は毛頭なかつたし、事実、原告株式会社振出の目録の(一)の約束手形五通は、これを所得したことすらなかつた。同株式会社は、電気炉の製作、金属の熱処理を営業課目とし、特殊製鋼株式会社、富士精密工業株式会社、津上製作所等を主な取引先としていたが、その親会社とも言うべき富士特殊製紙(当時資本金一億円、負債四億円)は、昭和三一年九月頃手形の不渡を出した為、富士特殊化成は、富士特殊製鋼振出の約束手形を割引くことができなくなり、昭和三一年一一月頃から、資金面に圧迫をうけ、同年一二月末には、更に悪化し、昭和三二年一月二五日即ち目録(二)の各約束手形の満期前取引銀行から解約され、手形の不渡を出し、同月末に休業するの已むなきに至つた。手柴政生はその頃手形不渡の事実を直ちに知つた。富士特殊化成は、富士特殊製紙振出の約束手形を、被告株式会社で割引くことができなくなつた後は、自己振出の短期日の約束手形を、被告株式会社で割引いていた。手柴政生は、原告株式会社振出の目録(一)の約束手形を、市中銀行で割引くよりも、寧ろ被告株式会社の富士特殊化成に対する前記貸金一六〇万円の支払の為、同株式会社から、これを譲受けることを得策と考えその(1) 及び(2) の約束手形二通を、大和商事に対する前記一五〇万円の債務の支払の為譲渡し、(3) ないし(5) の約束手形三通を、荻野工業所に譲渡し、荻野工業所から受取つた、金額合計一二〇万円の同株式会社振出の約束手形三通は、一旦富士特殊化成に譲渡したことにし、更に同株式会社の被告株式会社に対する前記貸金一六〇万円に対する支払として、被告株式会社が譲渡をうけ、被告株式会社は、更にこれを大和商事に対する、前記一五〇万円の債務の支払の為、大和商事に譲渡し、同株式会社に於て荻野工業所から、その約束手形金一二〇万円の支払をうけた(結局、大和商事は、被告株式会社に対する一五〇万円の債権につき、原告株式会社振出の目録(一)の(1) (2) の約束手形二通により四〇万円、荻野工業所振出の約束手形三通により、一二〇万円、合計一六〇万円の支払をうけたことになる)ことが認められる。以上の認定に反する部分の被告株式会社代表者本人尋問の結果は、当裁判所として、前記採用した各証拠資料に照し、たやすく措信し難いところであつて、他に右認定を左右するに足りる証拠資料はない。

以上認定の事実、及び弁論の全趣旨、殊に被告株式会社の富士特殊化成に対する前記公正証書の作成、その債権額二二〇万円から、本件約束手形金一六〇万円を差引いた、残額、六〇万円について為した、有体動産の差押が、いかにも作為的な点、からすれば、被告株式会社は富士特殊化成に対する貸金元金一六〇万円の回収を図る為、原告株式会社がその振出にかかる目録(一)の約束手形五通の手形金の支払能力があるに反し、富士特殊化成には、目録(二)の約束手形五通の手形金の支払能力が無いこと、或は乏しいことを知り、少くとも知り得べかりしに拘らず、両株式会社の約束手形の交換を斡旋したというべきであつて、この点に於て、被告株式会社には、原告株式会社の財産権の侵害につき故意又は重大なる過失が有つたと謂わざるを得ない。蓋し、手形交換の媒介を為す者は、交換の当事者が、その振出にかゝる手形の支払能力があるかないかにつき、注意を払うべき義務を有し、調査の結果、一方が有するに拘らず、他方がこれを有しないことが予測し得られたときは、媒介を拒むことが、信義則上要求せられていると解すべきである。

前段の認定は、証人中村慶三同荻野健一の各証言原告株式会社代表者本人尋問の結果によつて認められる。次の事実、即ち、桜井武男は昭和三二年二月九日、荻野工業所から、目録(一)の(3) の約束手形の呈示を受けたので、手柴政生に違約の責任を問うと、同人は、原告株式会社の為に、目録(一)の手形金額に相当する一六〇万円を、五ケ年間無利息で貸与することを条件として、責任を回避しようとしたが、桜井武男はこれを拒絶した事実によつても、支持をうけるものと考えられる。この事実によれば、被告株式会社自身、本件約束手形交換の媒介につき、原告株式会社に対して、法律上何等の責任なしとは考えていなかつたと認めざるを得ないのである。

若し、被告株式会社の大和商事に対する、前記一五〇万円の貸金債務にして、虚偽不存在のものであつたとすれば、事態は極めて簡明、即ち被告株式会社は、大和商事なるロボツトを用いて、原告株式会社から、一六〇万円の支払をうけたことになるのであつて、証人佐々木辰雄の供述する、大和商事が、昭和三一年六月頃被告株式会社に対して、一五〇万円を、弁済期一カ年後の定めで貸与しながら、同年一二月頃に至り、被告株式会社に対し突如として、その返済を迫るという証言を措信すべからざるものとすれば、右のような仮定も、強ち見当外れとも言い得ないのである。被告株式会社には、原告株式会社の損害に於て、大和商事に期限前の弁済を承諾するに足る如何なる首肯すべき理由も見出し得ない。

これを要するに、原告株式会社は、被告株式会社の故意又は重大な過失に因り、少くとも一、五八五、〇〇〇円の損害を蒙つたといわざるを得ない。

次に、被告株式会社の過失相殺の抗弁につき判断する。被告株式会社は、原告株式会社自身、内容が不健全であるに拘らず、富士特殊化成の内容の不健全であることを知り得、特に年末年始の事故発生の多い頃に、手形不渡の生ずることは予測し得たに拘らず、これをしなかつた点に於て、原告株式会社に過失があると主張するけれども、原告株式会社が、自己振出の目録(一)の約束手形金支払義務を完全に履行し、富士特殊化成振出の目録(二)の約束手形との交換が、被告株式会社の媒介に基くこと、殊に原告株式会社が、その書替や、手形金額の事前交付を満期前に要求したのに対し、被告株式会社がこれを頑強に拒否してきたことが、前段認定の通りである以上、原告株式会社には、取引上必要な注意義務を怠つたということはできない。それ故、被告株式会社の過失相殺の抗弁は、これを採用しない。

従つて、原告株式会社が被告株式会社に対し、前記損害金一、五八五、〇〇〇円、及びこれに対する本件訴状副本が、被告株式会社に送達された日の翌日であること、記録上明な昭和三二年三月七日から、支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める本訴請求は、全部理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について、同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鉅鹿義明 林田益太郎 吉川清)

約束手形目録(一)

(1)  金額 二五万円

満期 昭和三二年一月三一日

支払地及び振出地 東京都港区

支払場所 同栄信用金庫東京港支店

振出人 原告株式会社

振出日及び受取人 白地

(2)  金額 一五万円

満期 昭和三二年二月五日

その他の手形要件(1) に同じ

(3)  金額 三五万円

満期 昭和三二年二月九日

その他の手形要件(1) に同じ

(4)  金額 二五万円

満期 昭和三二年二月一四日

その他の手形要件(1) に同じ

(5)  金額 六〇万円

満期 昭和三二年二月二八日

その他の手形要件(1) に同じ

約束手形目録(二)

(1)  金額 二五万円

満期 昭和三二年二月九日

支払地及び振出地 東京都新宿区

支払場所 株式会社大和銀行新宿支店

振出日 昭和三一年一二月二八日

振出人 富士特殊化成

受取人 原告株式会社

(2)  金額 一五万円

満期 昭和三二年二月一〇日

その他の手形要件(1) に同じ

(3)  金額 三五万円

満期 昭和三二年二月一二日

その他の手形要件(1) に同じ

(4)  金額 一五万円

満期 昭和三二年二月一四日

その他の手形要件(1) に同じ

(5)  金額 六〇万円

満期 昭和三二年二月二八日

受取人株式会社荻野工業所とし、その他の手形要件(1) に同じ

差押物件目録

番号    物件の表示          品数尺度重量 見積価格

一、五抽斗片袖高机             五脚   四、〇〇〇

二、一枚戸鉄製金庫             二ケ   五、〇〇〇

三、両肱藤レザー張り応接用椅子       二脚   一、〇〇〇

四、丸型応接用高卓             一脚     五〇〇

五、水溶性切削油一斗カン入リノモノ     五罐   五、〇〇〇

不水溶性切削油一斗カン入リノモノ      二罐   二、〇〇〇

六、動力用送風機              一台   一、〇〇〇

七、一馬力モーター附エヤコンフレツサー   一台 一〇〇、〇〇〇

八、1/2馬力モーター附エヤコンフレツサー 一台  五〇、〇〇〇

九、中田式製粉機              一台 一〇〇、〇〇〇

一〇、二馬力モーター            一台  三〇、〇〇〇

一一、鉄製回型葉製造ポツト       一九八ケ   五、〇〇〇

一二、二重釜                一組   七、〇〇〇

一三、石油空カン             四〇罐   一、〇〇〇

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